僕の好きな社会学者の一人に、マーク・グラノヴェッターという人がいる。<br/>「弱い紐帯の強み」”The strength of weak ties” という論文の一説を紹介したい。<br/><br/>「危機的な状況においては、strong ties(よく会う、強い関係)よりも、<br/> weak ties(あまり会わない、弱い関係)の方が役に立つ。<br/> なぜなら、strong tiesの仲間は、危機に直面している本人と似た環境・情報を持っているのに対して、<br/> weak tiesの仲間は、異なる環境・情報を持っているからだ」<br/><br/>僕には、この”Weakties”の有り難みがよく分かる。<br/>中2の春に、危機的な状況を経験したことがあるから。<br/><br/><br/>実家が、火事で全焼したときの話だ。<br/><br/>僕の実家は、静岡県西部のとある商店街の中にあったのだが、<br/>8棟も全半焼する大火災に巻き込まれたことがある。<br/><br/><br/>早朝に起きた火事だったので、僕はまだ寝ていた。<br/>2階で寝ていた僕を、母親が起こしにきた。<br/><br/>「たかし(僕の名前)!火事だから起きなさい!」<br/><br/>火事なんてものは、人生のうち、そうそう起こるものではない。<br/>僕はてっきり、母親が分かりやすい嘘で、朝に弱い僕を起こそうとしているのだと思った。<br/><br/>だから、あろうことか、二度寝してしまった。<br/>こんなに「やってはいけないレベルの高い二度寝」を経験する人も少ないだろう。<br/><br/>目が覚めたときには、枕元のカーテンと右手の柱が、音を立てて燃えていた。<br/>文字通り、バチバチと音を立てて。<br/><br/>とは言え、経験したことがない人には分かりにくいと思う。<br/>「本能寺の変における、織田信長」をイメージしてほしい。あんな感じだった。<br/><br/>周りには、僕以外の人は誰もいなくて、火の粉が降り掛かってくる感じだった。<br/>しかし、意外と僕は冷静だった。「ああ、コレは例のシチュエーションだ」と思ったのだ。<br/><br/>「火事で一つだけ持ち出せるとすれば、それは何?<br/> あなたにとって、本当に大切なものは?」この問いに答える必要があった。<br/><br/><br/>0,2秒で僕が出した答えは、スーパーファミコンだった。<br/><br/><br/>理由は、僕が持っているもので最も単価が高かった<br/>且つ 可処分時間の大半を費やしていたものだったからだ。<br/><br/>決断した後の、行動も早かった。炎が、「目の前」に来ていたから。<br/><br/>すぐさま、隣の部屋に移動して、コントローラーとACアダプタをぶち抜いて、<br/>スーパーファミコンを抱えて部屋を出た。<br/><br/>途中、無数のソフトが、視界に入った。「僕たちも救ってくれるよね」と語りかけてきた。<br/>しかし、家も傾きはじめていたので、断腸の思いで見捨て、階段を駆け下りた。<br/><br/>煙をかいくぐり、家の外に出ると、人だかりができていた。<br/>そして、大きなどよめきが起こった。<br/><br/>「一人の少年の命が助かった」という種類のどよめきではない、<br/><br/>「君が抱えてるもの、もしかして、スーパーファミコンの本体じゃないか?」<br/><br/>というどよめきが混じっていた。<br/><br/><br/>火事にあった翌日からは、学校に通い始めた。<br/><br/>「同情でもされたら、嫌だな」と不安を抱えて登校したのだが、<br/>そんな単純な反応ではなかった。<br/><br/>「焼け落ちる家から、スーファミの本体だけを抱えて出てきた矢野」<br/>の噂が、ものすごい早さで伝播し、伝説になっていたのだ。<br/><br/><br/>学校から家に帰ると、当時、既に20才を越えていた長姉がよく泣いていた。<br/>1日や2日ではない。数日間に及んで、彼女の涙を見た。<br/><br/>中2の僕と成人していた姉では、火事で失ったものが違いすぎる。<br/>無理からぬことだった。<br/><br/>父や母の悲しみについては、推して知るべしだった。<br/><br/>普段は明るい矢野家の食卓も、さすがに、どんよりと暗い感じだった。<br/><br/><br/>そんな中、僕が、唯一気がかりだったのは、<br/>「スーパーファミコンの本体はあるけど、肝心のソフトがない」ということだった。<br/><br/>しかし、悲嘆にくれる姉や両親を前に、「恐縮ながら、スーファミのソフトが欲しいのですが」<br/>なんて言えるはずがない。<br/><br/>だから、空気を読んで、深い悲しみの空気に同調していた。<br/><br/><br/>そんな折、僕の元に、あるものが届き始めるようになった。<br/><br/><br/>そう、スーファミのソフトだ。<br/><br/>伝説が拡散し、それを聞いた心ある人達が僕に贈ってくれたのだ。<br/><br/>ソフトの中には、表面や裏面に「家事見舞い」と書いてあったものもあったので、間違いない。<br/><br/><br/>いつのまにか、スーファミのソフトの数は、<br/>火事に遭う前に持っていたソフトの数を越えていた。<br/><br/>しかも、僕の家族や近所の人が贈ってくれた訳ではない。<br/>同じ境遇なのだから、それは無理だ。<br/><br/>僕がほとんど会ったことのない人達<br/>(当時、高知県に住んでいた兄の友達とか、そのまた友達とか、果ては、全然知らない人達)<br/>が伝説を伝え聞いて、噂の少年にスーファミのソフトを贈ってくれたのだ。<br/><br/>当時の僕は、とてつもない感動を覚えた。単純に、ソフトが増えたからではない。<br/><br/>普段会わないし、知らないけども、ゆるやかに繋がった人間の温かさを知ったのだった。<br/><br/><br/>以上の経験から、僕には、Weak tiesの有り難みがよく分かる。
— <a href="http://ameblo.jp/yano0913/entry-10816505022.html" target="_blank">Halo effect - Weak tiesとTwitter</a> (via <a href="http://raitu.tumblr.com/" class="tumblr_blog" target="_blank">raitu</a>)