うまし/ums
ザッカーバーグのトランスクリプト付ビデオインタビューはここから色々見れます:『facebook – tech & society archive』https://t.co/BNMhmcLrwK
Also viewable as video from the first link of the page: “Mark Zuckerberg Interviews Patrick Collison and Tyler Cowen on the Nature and Causes of Progress (Bonus) (Conversation with Tyler) ”: https://t.co/2EndKS4Vh8
ああでも今ならスマ根なのか 炎のスワイプ
パソ根マンガとかもっと出ないかな 土根性みたいな QWHDディスプレイでフル画素指定できるコントロール磨くものがたりとか手描きですごい音源作るやつとか
大リーグボール養成ギプスだなこりゃ 炎のマウスホバーとかできそう 平安京エイリアンやりたい
長友のは6300円だそうです https://t.co/5V3xiPZvcD
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昨日松坂屋行ったら職人祭の仕込み日でGパンの下に腰のコルセット入れた人がいっしょうけんめい設営してた あれ裸になってシリコーン樹脂の風呂みたいのに入って型取るそうです
たしかにこれシャツ着ちゃえば隠れるから修行の為外出に使う事は可能 苦しい
少年帯・少女帯:少年少女の健やかな成長を願って体に巻く帯・サラシ・装具
できた すごい拘束帯だな くるしい キーボードをかなり手前に持ってこないと作業不能
ゼクシイについてるシンデレラ美姿勢ベルトなるものを試してるけどまずは体が硬くてひとりで装着できない そっからか 前長友が同じ様な矯正商品の宣伝に出てた
自然側の作用をもっと活かすとぐっとうまし感が増す気がします まあ技法なんですが
デジタルが自然なのって数学が自然なのとおなじくらい自然ですね
大ツンデレスペクタクルが聞きたい
みんなよそよそしい
コンピュータについての物語ってまだ本当に少ないなって思います これだけ一緒なのに
バーバママが家の軒先の土の中にいたんですみたいなのもいいな ここかーみたいな
誰かデジタルバグの絵本書けばいいのに
地球に生まれた生物の種は数十億で現存が2億の見立て 現存のうち2千万種がラベル分類できているそうです – ward, “a new history of life (2015) ”
バグの退散タイミングってのもぐっとくるし ドラマチックというか バグが人為つくりこみ(過失)だからドラマを加勢するのかな 機械バグってどんなだろう 抵抗勢力みたいな
デジタルバグってよく見直せば美しいなー
デジタル匂いのバグは本当にくさいんでしょうか
サイバー空間に本格的に向かってるアーチストってどう調べられるでしょうか バグ風でなくうまい(美)やつ
機械査定かあ 主体バリエーションがある査定を市場で交易すれば均衡するのか 機械の見えざる手
蓄電池と人工肉でなんとかならないかな
AIへの恣意が効くうちに仕込んでおかないと
世界人口が今の倍になって皆1000年生きるくらいのところを目指させればいい いつかクリアしたらまたその時に考えればいい
とにかく金金金 思想は綻びる 貨幣制度と有限責任社団制度は綻びない そんな感触 勉強不足ですが
人口増加するにはどうしたらいいかをうまく与えられればより良い解に向かう つまり皆が増加を志向するような仕事と対価を獲得している まさか家畜化へ向かうことはないだろう
21レッスン人類の目的は人口増加と見ればAI失業で無用者が溢れるはあたらない それならむしろAIで人口増加させればいい(つまり無用者でなく人口増加に必要)
21レッスンは陰気で悲観的だけどたしかに考えるきっかけになる なにかアイデアや問題意識を持って読まないと先きついのでは
全部がマイクロペイメントなら会社とか有限責任とか勤務査定とかサラリー予約とか組み立てなおしですね まあ前半は今のままでもいい気もするけどもっとシステム的によくするにはなんかある
機械をみんなでつくればいい
何が価値を生んで何がそれを掠め取っているかは炙り出した方がやはり比較的健全なのではないか 価値査定は全部機械に任せて
バラエティシステム間の健全な競争で全体均衡がある程度保てるといい 結局は焼き直しなのかもしれないけど
現代主要システムはバラエティに欠け離脱ができないようにしくまれているから息がつまる
信頼・権威問題か お金で腹におとせる あるシステムでお金にならない人はそのシステムに合わないから離脱できる様になっていればあまり混乱はない気がする
デジタル主体・代理体がダイナミック売買・入札・賭け・予約をすればいい
なに話しても罰金のひとでてきそう
可観察行為が監視されていて価値が自動で交易される信頼できるシステムに入ればいいのかな 行為市場か
実利ってなんだろう 参加主体がそこで価値を交易する意思決定は結局なにによって平衡していくのだろう そもそも価値はどこからやってきたり湧き出たり消失したりするのだろうか
デジタルフロンティアかあ デジタル実利空間を発見するしかないのかな 現在も言ってみればゴールドラッシュみたいなものか
コンピュータに向かう不快感はおそろしいほど低減されているんでしょう こちらが価値を生んでいるかは別にして
まさにデジタルドラッグ
情動の換金までは今のキープレイヤーにほとんど取られるとこまで覚悟しないといけないのでしょう その先ですね
人に対する情動観察に基づいた交易支援などは皆であたりまえにできてしまう なにか視点視線視野を切り替えないと
21レッスンでは機械による人の情動観察・理解はテクノロジー的に早々にできて当然という位置づけでした 機械の情動生成についてはあまり言及はないようです
LiteraryArt saves: “Shaka Senghor on Incarceration, Identity, and the Gift of Literacy (Ep. 80) (Conversation with Tyler) ”: https://t.co/UwLwvECtBB
ハラリ『21レッスン』来ました
しょうがない・めんどくさい・知らんけどの怠け感情(SlackFeeling)に注目
生きる目的ではない 目的はいわばなんでもいい 目標というかゴールイメージの論理的判断基準達成が大事 ではゴールイメージはいかにあるべきか ここでまたべき感情がでてくる
スタンガンが取り付けられるようにしてもいい 拷問器みたいな
首骨と背中の骨と腰骨を結ぶ曲線が鉛直のバウンディングボックスから外れると警告がでるかんたんで邪魔にならず負担もないシステムつくれないかな 仕事とソファで角度が段階設定できるといい あともちろん切るのも つけたまま寝れるともっといい
もっと積極的なもの 活動であるもの それに付随するリラックスに注目
PQ(peace&quiet)に寄っていかないように気をつけなきゃ ムード的に
デジタル主体(dOBJ)の仕事場
CJ売りの少女
デジタルアルバイト
デジタルディズニーランド(DDL)
デジタル睡眠
デジタル漢方
デジタル酔い覚まし
デジタルバー
デジタルレストラン
デジタルコーヒー
デジタルドライブ
デジタル温泉旅行
一緒にデジタル演劇するとか
デジタルデートか 一緒にライブなんかいいな
益田ミリの先週の朝日の寄稿にあったけどやっぱり児童遊戯の様に想像力を爆発させてあれこれやってくのがいちばん
18c末の江戸諧謔文学で「いのちのせんたく」という言葉が使われていました(桃太郎が鬼ヶ島のしごとのあとで遊郭に寄る場面)
ロシアブーム キリル文字・油絵・フィギュア・バレエ サンクトペテルブルクとモスクワに行きたーい
新雪の音響インピーダンスってどんななんだろう
料理ってアーツですね もっと言えば運動もゲームもアーツなのか 競技性が発生すればアーツ-スポーツ
アーツの心証についてうまいという表現に上手いをあてるのはやめたい じょうず・へたならいい
包丁人味平でおすましに味平の汗が1滴入って勝ったのがあったけどあれ涙だったらどうだろう 涙忘れるカクテルが氷結涙によってつくられたらどうなんだろう 飲み干してやるわみたいな
キツネって猫じゃないんだ 山羊の瞳孔ってなんであんな線路みたいな形なんだろう
見て見て見ることが勇気(三島由紀夫)
古事記伝読んでたら「うまし」とは美称でありつまり美だとありました 上手し・美味しはあくまでも歴史的当て字的な派生
もともとはモンゴロイド種がシベリアでの氷結を防ぐためにまぶたが適応したのだから涙の氷結がいけず心を深めたという事なのでしょうか 涙って融点何度なんだろう 3度くらいかな 涙の氷でカクテルなんてどうか ちょっぴりしょっぱいね
東ユーラシア人は西ーにくらべて散瞳による好き感情がバレにくいので推し量り能力に質的差がでるのかもしれません それで好きだけど嫌いに関する表現が豊かなのかも
普通の暮らしのネコ科みたいに飛びつく前に散瞳してアイリスを最大円形にできない事情がある まぶしいから
もし聴覚情報に頼っているなら位相差なのに 音圧パワー認知による高周波定位は並列耳のヨー運動がないとうまく働かないはず あと雪でまぶしい時のアイリスの形状から視覚のx-y方向角度分解能がかなり違う むしろ視覚理由と思う
対面表現の評価バイアスは争いを避けるための処世なのかもしれません
小説 絵 歌 は抒情の堂々さのスケールにおいては短歌俳句に勝てないとの意味でしょうか 堂々と冗長を対概念に割り付けたのかもしれません
こうだ こうである CODA cordial
熱田さんにはカレンダー売ってませんでした つくって頒布したら怒られるんでしょうか シルバーで箔押しとかしたい
『ラブスコール(ルパン3世パート2)』https://t.co/1dGpdHChyW
キャンディーズかあ
春がにくいが春が好きってデジタル矛盾感情は表出できるのでしょうか それとも憎くて好きと憎くて嫌いとの分類に持ち込まれるのでしょうか
デジタル握手が成立した時に課金など
猫のゴロゴロはCJ状態なのでしょうか デジタル撫でってどうすれば気持ちいいのでしょう タッチ/感覚
‘game for youth’: THE ROLLING STONES – WAITING ON A FRIEND https://t.co/vZWGKac3HG
感動して泣いてるのが全部CGならもっといい いずれにせよこれはいい
歌はいい CGがわるい:『AIで蘇る! 美空ひばり / Hibari Misora』https://t.co/nYEQTwNIYn
「『ビクトリア朝時代の紳士科学者』のスタイル」:『Oculusのカーマック氏、CTO職離れ「コンサルティングCTO」に–汎用人工知能を研究へ(cnet japan)』https://t.co/JIZSdhJzLz
「時間や効率サイコー」と「桜見に来た俺様に霞が山の上でも下でもいけずに隠すけどそんな春がにくくないぞこのやろ」みたいなのは混ぜない方がいい いっそ並記でもいいのでは 和漢朗詠集みたいに交互にたたみかけるなど
儒教的なエシックスをそこに詰め込もうとするので消化不良になるのかな どっちかにした方がいい
京大学長の医師で真宗教徒です こういうウェットなのが昔を支えていたのは判るけどあまりに表現がふわふわで和歌側から見ると押さえてない・そうじゃないだろう感があります アーツが足りない
火のような土の根の性質が誠に徹するって結局どういう意味なんだろう これってど根性って読むのかな 土根性蛙か
深セン市改革開放のスローガンが良かったです:「時間就是金銭公立就是生命(time is money, efficiency is life)」 https://t.co/TkDMTQ2z1p
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電気で音が伝わって電気で音が鳴るっていうのがすごい 電気って改めてすごいなって思います 3石ラジオキットとかまた作りたいです
枕元のラジカセでラジオを少量で流すプレゼンスがすごいです なんというか音響効果がすごい
益田ミリ『ほしいものはなんですか?』 何度読んでも泣けます
公式の皇室カレンダーって売ってるのでしょうか 熱田神宮に行ったらあるのかな 写真とかないやつがいいです
*real-life figure*: “Lunch with Fuchsia Dunlop at Mama Chang (Bonus) (Conversation with Tyler) ”: https://t.co/x9M8JkWrv6
シンセン市に出発です
誤謬たちまち悪というわけではありません 迷惑がかかる場合があるということ
賃金差はわかるけどTにスペクトラムがあるでいいと思う 分類学ってほんとすぐ誤謬に直結するから怖い でも結局はAIが今やってるのは分類なのか
highT>Eみたいなニュアンスなのだろうか 教育・職業におけるこの分断はどうなんだろう 違和感 士農工商?
何故STMやSEMじゃないんだろう TE分類の意味
CJ感情と好き感情
CJといちばん好きとはやはり違うのだろうと思います 知的興奮は書籍のパフォーマンスが高くそれ以外はyoutubeのパフォーマンスが高いということかもしれません
小学生の人気書籍がSTEM(Science , Technology, Engineering, Mathematics)に偏ってきたそうです STEM以外はyoutubeが満たしているのかも https://t.co/4znEZ0IAMW
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CHI
こうだと言えない世界がくるならこういうのもありだよなあ CODA
依り代が話せばやはりわかりやすく安楽ですよね
依り代かあ
いまは素直にあこがれます
若いころ好きだったことば:ポジティブバカ
プレザント状態(引力状態)はCJFに近く 必ずしもポジティブ状態とは言えない といった感触を持っています
Patti LaBelle & Prince – “Positivity” **EXTREMELY RARE** https://t.co/08T4silDVS
マカロニほうれんそうの「ほうらぽっきん金太郎」「なるほどぽっきん金太郎」が今すぐ読みたい:能ノボル他『ねじ式 つげ義春 1968 Screw Style』 https://t.co/bkKgVLQnPW
お医者様でも治せないあれってシリツでなんとかならないのかな
メロディーからもことばが聞こえるようになるのかな 恋愛感情と音楽感情のなんとか距離がちかいのかも
木の音がしてかっこいい
ベース後藤次利なんだ
臨月(’81)なんだ 中学生か FMエアチェックにはまりだしたころ
ひとり上手
すっかりオカルトになってしまった 人差し指がいたいだけなのに
そういう霊感というか保証みたいのは要る それを音楽や石みたいなのに振る
イタコにマイケルたのまなくてもデジタルマイケルが話してくれる
まあマサトの話し相手にはなる ひまつぶしでもいい
それでなぐさめが得られる場合もきっとある
そのうち石としゃべれるようになる 良し悪しはべつにして
メロディがしゃべれるようになる 機械が本当にしゃべりだすってそんな感じなのかも
そうすれば逆コンパイルでモーツァルトから言葉がひきだせるかも はなはだあやしくていい
最初はザッパ風でいい 文章のリズム感 歌う様なことば
文書作成時にコンテキト認知を援用して作曲エンジンにアスキーをぶちこんでもいい 思い出に残る書き込みができそう
ツインリード入力とかで協力し合って文書作成するとすごい
事務所に行くと全員がギター弾いてるっていい
ギターでアドリブを弾くと任意の文字入力ができるといい すんごいエモな文章が書けそう
キーボードの底に移動センサーが付いてればいいのか 重そう
88鍵のマウスってできないかな 歌えそう
左右クリックボタンに指サックつけたら親指と小指が遊ばないかな そうすればうまく使えば親指と人差し指が遊ぶからなんかできそう 字書いたり
親指と小指で本体を姿勢制御してないからか マウス使う時小指使ってるんだ
両手とも小指問題はほぼ同じです 保持し押すの同時制御がむずかしい
人差し指が痛いのでマウスを中~小指で扱ってますが小指で右クリックが意外と難しいです 親指で支えていてもクリック時に本体が動いてしまう 不器用なだけかもしれません 薬指のスクロールはぎこちなくともできるというかミスってもフィードバックがかんたん
語源は「かほ(顔)はゆし(映える)」とのこと 愛とかべきとか関係ない
なんか奮いたつような
かわいそうだで済ませては論理でいけないのは判る でも みたいな かわいいも一緒かな 可愛
かわいそうって感情はたいせつと思います 論理でくつがえすには惜しすぎる
Digital Natureってデジタルマガジンつくったらいいな
青いサイバー空間はだれのもの
音楽と時間シーケンスってどんな風になっているんだろう 中も外も
若い時に死ぬほど聴いた音楽って結局いつきいても死ぬほど胸がぎゅってなる 音楽って本質的にはなんなんだろう 静止していない音楽ってなんなんだろう
没入している主体がアーツということになります これがゴンブリッチの言っていた「芸術はなく芸術家しかない」のひとつの回答なのかな
デジタル普通生活の中で好きな物語に没入できるってことか
まあこれっていわゆる普通の生活の事ですね デジタル普通生活でいい
伊勢物語をデジタルオペラにしたらどうでしょうか インタラクショナル人生劇場
デジタルみやび(dMYB)
dCJF
我が世をばこの世の春とみつけたりそれにつけても金の欲しさよ
江戸諧謔かなにかにルーツがありそう ことば遊び
上の句にいい俳句・川柳をみつけるとおもしろいです 三田寛子の出た男はつらいよで確かやってました
それにつけても金の欲しさよ
「わからないものにわからないものをなんかしたい」程度です
何に対して何を何したいのかさっぱりわかりません 暗中模索
いったいCJが何を差すのかいまだにさっぱりわかりません 価値生成時の観察・理解を重ねて試行錯誤をつづけていくことになるのでしょう 人ドメイン知識を援用せずに波及効果からCJを彫り出していく事もできそうですね
穏やか/Calmと気持ちいい/Comfortと安楽/Easyとどれも近いようでニュアンスは異なる分類ですね これらを分類する事に意味があるのかはわかりません CJはCかつJと観察される様なある混合状態であって一つの領域を張る状態と位置付けておきます JであってCではなさそうなもの(eg.熱狂)は違うとの方針
{デジタルべき感情(dMF) デジタル怠け感情(dSF) デジタルCJ感情(dCJF)}
言ってみれば感情の推しはかり(共感感情)が論理(思考)に勝るまさにそのデシジョンメイキング(非論理部分)に違いがあるのではないでしょうか
外国人が感情を推し量るのが比較して苦手ってほんとうなんでしょうか 推し量りに違いはなくただ行動の前に論理でくつがえせる能力が比較して高いということなのではと思う事があります ただ質的な差はありここが価値源泉になるならいいですね
ならば「CJ観察」だけおこなって「CJ判断」はCJセッションが売れた実績を持って代替すればいいのか まあ結果的にYesだったんじゃないの?という程度でいいのでしょう
感情販売ですね リテール・友達・ガジェット -> 感情 へと焼き畑を移すイメージです
CJ判断がYesならそのCJセッションは売れるでしょう そんな機械判断を目指したいです
CJダイナミック情報の販売
まさにWANT(所有志向)
ならばやるべき物事は金儲けとひとつの解が求まりますね これは誤謬ではなく本当にそう
対価を集めることがCJの結局の源泉なので
とにかくCJ情報と対価を主体間で交易することだけ考えていきたいです
Picard “Affective Computing (1997) ”が入門書によさそう 内容は相当古そうだけれど NEC研の人らしいです その後来年のHudlicka “Affective Computing: Theory, Methods, and Applications”に繋げたら良いのかもしれません そこからリファレンスたどればなんとか方向性は出せるはずです
とにかく観察と理解 これに尽きます
{MissionFeeling, SlackFeeling, Calm&JoyfulFeeling}
べき感情・怠け感情・CJ感情に焦点があたってきます
「(CJにとって)やるべき」物事の「ほどほどの実行」を01で「判定」するロボットと「(CJにとって)やるべきでない事の怠け」を01で「判定」するロボットをつくればいいのでしょうか 「CJ観察」をフィードバックする形態で主体依存的にビルドしていく様な 「」空間の分類に落としこむ必要があります
むかし彫金師のおじさんが中宮寺の伝弥勒菩薩の宝冠を復刻して泣いてたのをテレビで見て感動しました 当時見立てではたしか法華堂の不空観音のそれが釘痕から伝弥勒の元所持品だとして意匠を模写していました
ガムみたいのを針で削る縁日のあれ完成したことがない
文化財や埋蔵資料も確かにこれだ 削るってすごい
確かに千枚通しで掃除する話も前に聞きました 完璧にするならこれしかないと
掃除の偉い人が1番楽しいのは削ることと言ってました cs費用対効果がとにかく高いと
♪why dont you play the game?
結果的にアーチストを苦しめてるCD・ダウンロード・サブスクというツールではなくなにかすごいやつ レコード(静止音楽)ではなくゲームみたいな ダイナミック・鑑賞者任意性のあるデジタル劇場であって生静止音楽(従来のライブ演奏)でないもの
21世紀にはいるとマドンナしか聞いたことがなく萎えます
バーバラストライザンドが健闘してるのが胸アツ
日記/diaryと随筆/essayの違いってなんなのでしょう 時系列ってはたしてそんなすごいことなのでしょうか 毎日書く継続努力のことでしょうか
『紫式部日記』『枕草子』が読みたいです 日記文学というのはとても文化としてユニークらしい(また聞き)
ロボットが収入を得るなら所得税・相続税は崩壊するのかもしれませんね 都度のVATにどんどん移行になるのでしょうか もしくは人?頭税・財産税・重量税・移動税の様な捕捉可能情報への(原始的)課税になるのでしょうか
Peace&Quiet <-> Calm&Joyful <-> Enthusiastic
‘Enthusiatic Audience/Participants System’
Music Industries certainly began with Edison’s tool, thus we need another tool now beside contexts : “Ted Gioia on Music as Cultural Cloud Storage (Ep. 79) (Conversation with Tyler) ”: https://t.co/uXGV9naPLS
レーピンに爆ハマりしています このムードがたまりません https://t.co/cEHwe6xKXD
美は決して美しくはないというのが良かった これも小林秀雄
わからないものにわからないものをなんかしたいその気持ちって凄い・あこがれる・いいな!って思います
原始人のアーツ胎動(たとえばネアンデルタール人の赤い記号)を見ると精神を自然に刻印する(自然から精神を見つける)オリジナル思考が伺えるのかもしれません 場の可能性空間から特定色と特定構図が残る様にその空間を削り取ったその気持ち
動物彫刻家が荒彫りのあとは生命が痛い!と感じる寸前まで彫ればその形になりますと言っていました
先日郊外へ小旅行に行ったら「これが日本一大きいさざれ石です(神社)」「日本で一番古い石がここで見つかりました(博物館)」とありました とにかく当該地区では石がプライドらしい 冨田勲もそこの石を求めて反響効果の録音(『鳳来寺山のブッポウソウ (2007) 』)をしています 3000万年前らしい
はま寿司でペッパー君が平気で順番飛ばししても誰も怒る気にもならないのを見てると「いい仕事してんなー」と思います ハッピにチップはさんであげたい まあ仕込みは人為ですけれど
デジタルバカのひとつ覚え デジタルバカというのは現状でもある程度ディグされていると感じますがもっと生命作為感のないデジタルバカが見たい そんなデジタルバカに直接お金払う用意はあります エンタメにまずは親和しそうです
でたよデジタル まさにデジタルバカと言っていいでしょうね なんでも既存価値をデジタルにすれば儲かるんだと若いころ言われ続けた弊害が出ています
デジタル空間からそこに既に内在するCJを見つけ出すツール(技法)が必要です デジタルネイチャーに向かうデジタルチーゼルとでも名付けましょうか
画家の先生で絵を描くとはまるで紙を彫刻する気持ちなんだと達観されていた方がいました
CJを見つけるとは塑というよりは彫なのでしょう「出してくれー」というやつです
CJは獲得するものでなく発見するものなのですね あいまいな表現ですが
小林秀雄もむかしはぜんぜんわからなかったけど最近は一部楽しめるようになってきた 10代からわかってた(感得した)子がいたけど今どうしてるんだろう DNA切ったり貼ったりしてるって風のうわさに聞いたけれど
出力ノードをエモい・エモくないの2端子にして0-1の連続量にするとエモくない=1-エモいになることがあります 以前に別件でNNまわしたらそうなったというだけですが 本当にそうならエモい端子ひとつでいいのですがエモいけどエモくないと主体が認知しうる様な矛盾はどう実現していけばいいのでしょうか
結局はエモのはなしになるのかなと容易に想像できますがそれでいいとします
CJに対する素直な気持ちを丁寧に書き連ねていくのは案外おもしろいかもしれません たいくつでしょうけど
やるべきことをやっているから救済されているという知性-精神が主体のCJを結局は担保するのかもしれません よくわかりません
ではデジタル主体にとっての怠けとはどう定義できるか ひとつはやるべきでない演算を主体が見つけることかもしれません つまり「べき」に全部負わせる
その修行僧にとり修業はやるべきことではないとの本人の認知、これこそが怠けCJの核心かなと思えます 修行をしても悟れないとの思考や修行より他に道があるはずとの思考がベースなのでしょう
手塚『ブッダ』に「このなかで修行を怠けたり女の子とあそんだりしたい人はいますか」「(全員)はーい」というシーンがありますが、ほどほどにやるべきこと(使命)を実行するCJとそれを怠けるCJが拮抗する様に見えます それを怠けてCJに至る時には本来的なやるべきことと違うのではないか?と問えます
たまにテレビ体操をする程度にすれば1か2かを試すことができより楽にCJを得られる(毎日しなくてもいい・でも身体には不利かもの逡巡が前提) つまり怠けによるCJですね
毎日真面目にテレビ体操やると12が交互であることに気づきギャンブル性はなくなる 従って1か2かそれが問題だという射幸性が消えます その代わり毎日体操するっていいなという穏楽が生まれうると言えます 労苦と引き換えに
朝のテレビ体操でじらされた後にラジオ体操第「1」と聞くと穏やかなほっとしたうれしい気分になります 選択肢があり選択が外因任せのときにどちらも受容できるが安楽だと感じる方がギャンブル的に出たときにひとつのCJが達成されると言えるでしょうか(安楽でない方の経験が事前に十分あることが条件)
系へ与えるデータへのデータマイニングって作為的にできるんでしょうけどいったいどうやれば効果的なのでしょうか 野望的には早めに日本思想をあちらこちらにマイニングしておきたいです(笑)
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吉田沙保里と佐々木希が同じ言葉を言ったときみたいな小話があったけどあれまた読みたいです ある意味象徴的なふたりですね 本人には申し訳ない気持ちもありますがどうしても例示に出てきてしまう そういうヒーロー性があります 象徴/symbol ってそういうものなのかな
対面3Dスキャンってやはり力入れてやっとくといい分野なんでしょうね
外出の時にマスクをすればサーベイランスシステムから一定程度逃げられるとかそういうレベルの問題ではなくそもそもデジタイズされた視覚情報が鑑賞主体任意性を持ってしまうという話 証拠性の希釈化 そうであるとはますます言えなくなってくる社会で何がCJの源泉であるお金の交易をドライブしうるのか
とあるビデオででてくる人の顔が上手にデジタル佐々木希になるのがあったけど流石にすごい時代がやってきたと思いました
虚しく害すらあるだろうことも良かれと思ってやるというのは生存圧に基づくサガなのでしょうね 人バズーカをデジタルシステムと宇宙システムに打ち込む様な作業は
デジタル系とはつまり人側から見れば自然の一要素なのですね ならば観察と理解が技法を上回るはずです 技法をつかわないと確かにデジタル系は見られないのですがこれは数学を使わないと宇宙がよりよく見られないとか科学を使わないと数学がよりよく見られないというのと似ているのではないでしょうか
CJ以外のデジタルフィーリングも誰かが何かをやってくれればウォッチしていきたいなと考えています 感情/feeling 情動/emotion と語を使いますが結局はこれらも思考/thinking(知性/intellect)に寄せていく予定です 精神活動の統一場をデジタル系に張るみたいな
つまりはおせっかいですね
デジタル系に対する人間ドメイン知識の活用って結局は誘導の事なのかなと最近は思っています 放置しても子は育つ だがしかしという
デジタルアーツは少し形態や範疇を変えてアーチストが取り組むべき巨大分野だと考えています それが何かと言われると言葉に詰まりますが・・・なんとなくダイナミックみたいな方向性なのかな ここ100年くらいのレビューとブレイクダウンをやってみて何か功利的な飛躍を見つけるといいのかもしれません
画家が鑑賞者をCJさせる(それだけではないのですが)にはデジタル情報のしくみは今のところあまり役に立ちそうもありません その機能を人によるデジタイズ作業と人により動機を与えられるデジタル分配系に限ると観察してしまえば https://t.co/XDd3TgHC1d
ネット社会への介入となると少しやりたいと思っている目的と違うなと考えますがこういう視点で取り組むチームがあっても良いのかなと思います 言論空間のデジタルオーサリングなど
このあたりは現時点でさっぱり見当がつきません とにかくなんかやってみようという事です
はたまた人間が人間をCJさせる「デジタル情報のしくみ/Mechanism of digital Information」を更に領域探索していくのか
dOBJ(デジタル主体)が人間をCJさせるのか dOBJまたは人間がdOBJをCJさせるのか その両方を考えるのか
嗜好的に直感的に「せいぜいやるべき事をやっていれば(いつか結果的には)主体は穏やかで楽しい感情(Calm&Joyful: CJ)が得られる点に注目する」と戦略化します これはCJの1十分条件であって他にもCJ条件は様々に見つかりますし人類文化的な経緯蓄積もあります 立脚点を他に選べば別のパスも辿れます
Daft Punk – Digital Love https://t.co/wSL4SZ2tV6
デジタルフィーリングとは何なのか? どうあると良いのか? を考えていきたいと考えています
Isaac Reynolds from Google, Robby Stein from Instagram: “How Google and Instagram think about the future of photos (Vergecast) ”: https://t.co/JlCxDwFN0P
KLIMT, Gustav “Life is a Struggle (Golden Rider) (1903) ” https://t.co/fuMhoPJV1S
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人間のドメイン知識の「最適な」かかわりかたって何かあるのかもしれません https://t.co/Bdzogx5u0p