Gems, VOICE

IPA音声記号により声道音を符号化することを工学的に表現してみる ― ENGINEERING EXPRESSION OF IPA PHONETIC ALPHABET FOR ENCODING VOCAL TRACT SOUND

「音声学/PHONETICSは音声/VOICEによる発話音/SPEECH-SOUNDSの系統的研究であり、人が生産/PRODUCTION可能な事実上すべての声道音/VOCAL TRACT SOUNDを記述/DESCRIPTIONして分類/CLASSIFICATIONする方法を[各水準で]提供する」 ― キャットフォード『実践音声学入門』*1

声道音の記述法の1つに、IPA(国際音声アルファベット*2-3)をもちいた符号/CODEによる表記法/TRANSCRIPTIONがあり、音声言語学や言語音修得・伝達などの分野で便利につかわれている

IPA表記法を工学的にとらえるなら、調音音声学の成果を積極採用した表記用の符号化復号化法による記号系統として以下のように略定義できるだろう:

「IPA表記法は、物理音素/PHONEの時系列配列による音声言語音の表記を拡張することにより、調音/ARTICULATIONと、始動調節/INITIATIONや加声変調/PHONATION(含内外収音過程)などその他の音声修飾/MODIFICATIONとを、表音記号の組み合わせ配列による規則として略定義した上で、音声情報から言語音とみなす発話部分を抽出した言語組成/LINGUISTIC COMPONENT情報を時系列の表音記号配列に変換する、筆記表記につかえる情報圧縮率の、符号化復号化法(コーデック法)にもとづいた記号系統である」

ここでの「物理音素の時系列配列による音声言語音の表記」とは、概して既存言語の歴史的アルファベット表記をさしている また「調音」は神経生理学的な構音/SOUND CONSTRUCTION(ARTICULATIONの生理学・医学分野での対訳は構音・咬合・関節と多義)のうち口腔内の動的フォーム(上下調音器官/ARTICULARSの構え/FORMの動的な推移)の部分をさし、上記音声学教科書にならって(学派として)始動調節・加声変調を調音作用にはふくめない(ここでの口腔/ORAL CAVITYが口唇・鼻孔から咽腔・咽頭/PHARYNXまでの範囲を限定して指すことになり、関心のある声道のうち声帯まわり・声帯後肺腔などの器官機能を別要素とする)とあつかった また常用の科学定義より、認知概念を可観察現象で代理表現したものが記号/SIGN、源記号の集合S→対象記号の集合Xへの写像関係または写像対象が符号/CODEである(中国語の符号はもっぱら書記するMARKをさしCODEは編碼をあてる)

「物理音素」とは、音声現象を時間分節/SEGMENTの配列と抽象的に扱うことで、その特定の分節範囲を音節/SYLLABLEと決めうち、それが調音を介した生産音の1分類である母音/VOWEL・子音/CONSONANTのペアまたはその3個以上の表音記号配列として、対象の言語音系統を分類弁別的に各水準の解像度にて網羅表現できるとみなせるような個別単位である(いわゆるにじみ/SMEARなど、前後分節での相互変調や分節配列条件による言語音変調は、表記法のとる表現解像度の範囲内で許容できる)

また、音節がラテンアルファベット系統のようには母音・子音ペアで表現できない言語音系統に対しても、同様に音声言語音を時間分節の配列とみなして常用の物理音素およびその修飾からなる表音記号系統を代理的に採用することができる

ただし、発話音を表音記号の組み合わせとして時系列記述する表記定義(ここでは調音音声学に依拠した修飾つき物理音素の配列による規則)の不徹底さと、上記の言語組成情報の抽出法に決め手がない不徹底さと、からおもに生じうる複号品質の実用性には、目的に応じて十分な注意が必要である

IPAは、工学的に取り扱える物理現象とは別に、言語学にて取り扱う心理指標として、発話者・観察者の内的心象または抽象操作対象とみなしうる言語要素を、認知生理学も加味した心理学的に科学記述することにも流用できる 物理音素とこの心理指標とは、本来は非密接的な関係であり、物理音素の他にも仮説となる他の発話現象支配モデルや認知生理学的要素など選びうる指標はあげられるが、物理音素の定義(EG.低解像度版の物理音素分類/BROAD EXPRESSION)をも隣接関連的に指しうる直截性(素朴心理学としての利便性)を利用しながら、特定条件下での音声言語的なフォーム・相異・変化といった分類越境・未知推測をふくむ現象解析などの言語学課題に対して、発話音など言語要素の分配・構成を決める組織原理として拡張的・効果的に対応してきた学史経緯がある つまり、「音声言語をPHONEMEまたはPHONEレベルで表記するには、どちらも調音音声学における物理現象の弁別的特徴を用いる方法が(いまのところ)最良」なのでその記号法を共有している*4

現状のIPA表記法には、音価対応の面で以下の課題があげられる(*5-13):
(1)モデル声道がない前提のうえで、調音口腔フォームのみを重視し、始動調節・加声変調など音声修飾の過程を意図的に単純化することで、アルファベット文面に似た記号形態の利便性を重視して生産音を定義する、といった分類定義不徹底の課題
(2)分節内での母子音ペアがつくる各音声としてしか各々の音価を定義できず単立の音価には物理現象としての分節的定義・再現が正確にできないものを(アルファベットにあわせて)選んでいるといった同じく分類定義不徹底の課題
(3)これらの分類定義が上記の言語組成情報の抽出法の定義を結局は兼ねざるを得ず、現象が言語音であるかの判断基準に決め手がないという言語音抽出定義の課題
(4)分節単位の言語音分類をアルファベット母子音ペアによる前後半単純トレンドにもっぱら頼り分節内過渡現象を目的によっては十分に表せない課題
(5)超分節の/SUPRASEGMENTAL言語組成情報を十分に表せない課題
(6)分節内または超分節の言語組成情報のうち、語や文の意味や修飾を支配する時間軸言語要素や語や文の語気分配構造の構成要素を詳細に表せない課題 たとえば、音声言語学的に重視されるトーン(定義の一例として、語気による語彙弁別要素として抽出できる言語要素部分をさすとした、以下ストレスパタン・イントネーション・個別発話言語音についてもここでは同様に試定義とした)、ストレスパタン(=文内の重みづけ推移として抽出できる言語要素部分であり上のトーンとも重複・共有できる対象範囲とした、プロミネンスパタンとも*4)、イントネーション(=語気分配、文における語気全般をさすとした、「調子」とあらわされることがおおい)、調音による個別発話言語音/INDIVIDUAL SPEECH SOUND(「声韻」とあらわされることがおおい)、維持区間/DURATION、文の詩脚/FOOT内分節構成・詩脚構成・超詩脚構成(詩学上のリズム構成要素として上のイントネーション各要素とも重複・共有できる対象範囲である)、など高低軽重緩急がつくるリズムに対する各心理指標に関しては、主ピッチ(楽器などの単純音で対象音声の高低をフィッティングしたときの主周波数/DOMINANT FREQ.が現在のANSI-S1.1でのピッチ定義、声紋の隣接周波数ピーク間の差周波数(相互変調歪)の積算が元音声信号の基本周波数構造をつくり、それにフィッティングさせる単純音の主周波数は比較的単純な曲線推移をつくる)・スペクトラム構造(ホルマント/FORMANT構造を代表的にふくむ)・発話音声の音圧パワ(=強度=束≙単位時間にやりとりするエネルギー)/INTENSITY・動的調音によるスペクトラム特徴・各分節の維持区間といった物理現象の時間推移を総合したものに対する心理指標として人為判断すると扱うのみで、発話の物理現象からこれら心理指標への法則的な推測判断基準が明快に分析・整合されていない 同じ意味で、語「アクセント」(原義はなまり・強調)に対する明快な共有学術定義が定まっておらず(*12-13)、これのさしうる現象を表すIPAも、主複ストレス・トーンパタン分類・語アクセント・水平維持と曲線推移などとして部分実現されているのみで、用語群・転記法ともまだ十分に準備されていない
(7)前後分節間の相互変調特性(含物理現象的にじみ/SMEAR)や分節配列条件による言語音変化の特例を、地域的・歴史的な相異/VARIATIONもふくめてパタンとして十分には法則化できていない課題

したがってIPA表記法を介する、発話(されたコンセプト)の再現品質には、表記上の不足が生じうるため、改良IPA表記法や新表記法によって、筆記に対応できる(手書き文字として部分的に使える)、より高い発話再現品質および言語解析有用性をもった、実用的で高圧縮な発話音の符号化復号化法を、各国の文学・国語学・言語学・音声学・発話工学・情報学などの統合分野として開発継続していくことが切望される

参照
1キャットフォードEP(英エディンバラ大→ミシガン大)『実践音声学入門』(2ED、大修館2001、対訳をCATFORD『A PRACTICAL INTRODUCTION TO PHONETICS』(1988)で確認)
2WELLS&HOUSE(英UCL)『IPA transcription systems for English』(ウエブ文献2001、参照 2023-02-25、https://www.phon.ucl.ac.uk/home/wells/ipa-english-uni.htm
3川口(東京外大)『日本語学概説 第1回 日本語の音声 構造と分析』(2018、PDF2MB:http://www.tufs.ac.jp/ts/personal/ykawa/art/2018_%E6%97%A5%E6%9C%AC%E8%AA%9E%E3%81%AE%E9%9F%B3%E5%A3%B0.pdf
4Akmajian, A.(アリゾナ大)他『Linguistics』(5 ed., MIT Press. 2001)
5商務印書館&英オクスフォード大『OXFORD ADVANCED LEARNER’S ENGLISH-CHINESE DICTIONARY』(7ED-3RD、2009)
6梶(東京外大)『世界の声調言語・アクセント言語』(音声研究2001、VOL.5、NO.1)
7大串(京都市立芸大)『音のピッチ知覚について』(日本音響学会誌2017)
8Michaud, D.. Tonegenesis. Linguistics, 2020. (ACCESSED 2023-09-22: https://oxfordre.com/linguistics/display/10.1093/acrefore/9780199384655.001.0001/acrefore-9780199384655-e-748, PDF2MB DIRECT LINK:https://shs.hal.science/halshs-02519305)
9吉田他『音楽リズムと音声リズムの共通性についての基礎検討』(名古屋文理大学紀要2012)
10日本語学会『日本語学大辞典』(東京堂2018)
11輿水P(東京外大)『中国語の語法の話』(光生館1985)
12深澤俊昭『日本語のアクセント観―その抽象度―』 (神奈川大語学研究1981)
13梶茂樹『世界の声調言語・アクセント言語』(音声研究2001、リンク先にPDF3MBあり: https://www.jstage.jst.go.jp/article/onseikenkyu/5/1/5_KJ00007631047/_article/-char/ja/))

(変更 2024-03-28)

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2 Comments

  1. […] 4、補足説明
    以下、新華字典の語義項やその解釈での中国語関連用語(特に韻・律・調・声調・語調・腔調)を『OALD』などを用いて補助的に説明し、さらに音声の物理的側面、音楽理論*5との接続を重視した考察をつけた […]

  2. […] 言語学 – PHONOLOGYの分野では、文学・国語学・国学・言語学・音声学の学環における歴史的経緯もふまえ、「言語学上音韻」とも言い換えできる語義にて、「発話音声の言語音としての物理的ひびき」との第1義から引伸された学術用語「音韻」と、PHONOLOGYの訳語としての「音韻論」(中国語で音系学*2、「PHONO-」は科学において音響波/ACOUSTIC WAVE=機械振動波をさす)と、が使われている*3

    ひろく音声の物理的ひびき、また別にひろく言語音の発声/UTTERANCEに関連する諸現象から抽出/DETECTできる言語要素において、アルファベット水準の物理的な言語音分節単位に対応するPHONE/音価の分類論に追加して、「構造主義的な自然言語要素」の1であるPHONEME/音素(=物理的な発話音声になんらかの関連づけが可能である心理的・抽象原理的な分節単位である心理音素、内心的な神経言語的認知/NEUROLINGUISTIC COGNITIONの指標/INDICATORとも仮設定できる)をたてて考察することが、19世紀晩期から言語学 – PHONOLOGYの近代手法として導入された […]

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